あいえる協会活動ブログ

活動内容から日常の出来事まで、いろいろな「あいえる協会」をお伝えします!

小説『ショーガイシャ、デビュー』その1

あいえる協会 2023年12月18日

 

 ※2022年に逝去されたあいえる協会の当事者メンバー、何方英草(いずかたえいそう)こと松永さんが、2008年からあいえるらくがき帳に連載されていた小説を、一部編集したものです。

 

ショーガイシャ、デビュー

 さてっ、とトイレいこっと、バッターン!!

 2002年11月14日午前3時15分。何方英草(いずかたえいそう)、齢41歳。自宅で卒倒。

「あれっ!動かへん!ああ動かへえぇん゛ん゛ん゛…あ、あ、あかん動かへんし死ぬぅぅ」

「おい?どないしたんや?」

 親父、倒れている筆者「英草」を見つける。

「おい!しっかりせんかい…おまえ!ショーベン漏らしとるやんけ!こら救急車呼ばなあかん…ピッポッパッ」

 ピーポーピーポーピーポー。

 

 

「患者わぁぁ!?」

 そして、どこの病院でも受け付けてもらえずタライ回しにされた挙句、京都の救急病院で受け付けてもらうことになった。

「それじゃ、局所麻酔で手術を始めますからね、よろしいですね」

 脳出血だ!やってしまった。

 筆者内心「ええ!?そうなんやぁ、全身麻酔ちゃうの?もうどうにでもなれ」…

 

 そして手術明け…

「もしもし、おはようございます。よくガンバリましたねぇ。無事手術は終わりましたよう」

「あああ…生きてるわぁ。でも起きられへんぞ、あれ、僕の左腕無い僕の左腕あらへんどないしたん!無いでぇどないしよ」

「ダイジョウブですよ。ここにありますよ」

 看護婦さん、筆者の左ウデを持ち上げる。

「あ!ホンマやちゃんとあるわ」

「残念ながら、後遺症で左半身麻痺の障害は残りましたが、今後リハビリ次第で、ある程度回復しますから」

 

 そして数日後…

「い・ず・か・た・さん!いずかたえーそーさぁん!」

「う、ううん」

 目を開けると、タレントの佐藤珠緒ソックリの、声色がまたウリふたつ、メッチャカワイイ女の子が、筆者の寝ボケ顔をのぞきこんでいる。

 もう1人、女性がのぞきこんでいた。こちらは理知的美人。

「今日からリハビリ始めますよぅ。今日のところは、この病室でカンタンなリハビリやりますからね。ガンバリましょうね」

「あ!自己紹介しますね。私、O.Tの上西エリ子と申します。何方さんのリハビリの担当をやらせてもらいます」

 と知的美人の女性の方。そしてもうひとり。

「あ、それで私はP.Tの世野久美と申します。よろしくお願いします」

「ハイ!じゃ先ず、何方さん、上半身起こしますからね。ヨイッショッ」

 O.T上西さんが筆者を起こしてくれる。そして、

「何方さん、今度は私の首に右手を掛けてください。しっかり持ってね。あ!ダイジョウブよ、ウデを回してしっかりね」

 と言われても、筆者もとまどう。

 こんなキレイな女の人に、こんなに密着して、ウレシイやらハズカシイやら。

「え!ハ、ハイ!んじゃ遠慮なく」

 ドキドキドキ~こうやってリハビリ生活が始まりました。

 

 

 やがてリハビリルームへと移り始める。

「ハイ、今日からリハルームでやりますよ、じゃ何方さん、ベッドへ移乗します」

 筆者の麻痺の程度を調べるために、

「今度は目つぶってください、そして右手で左手を掴んでください」

「はい」

 ムギュと掴む。

「あ!スイマセン」

 掴んだのは先生の手でした。

「ハズレぇ、これは私の手、こっちがあなたの手ぇよう」

 先生が、筆者の左手の指の間に、ご自分の指を、いとおしそうにいたわりながら絡めて握ってくる。

 すると、麻痺しているはずの左手が反応して、不思議にも先生の手を握り返したのです。

 筆者、思わず感動して涙あふれる。

「先生、僕アマチュアギタリストなんやけど僕治るの?今動いたやんな、先生!」

「あのね、これは違うの。傾性(※刺激の方向には関係なく、一定の方向に曲がる性質)の高まりやねん。せやから何方さんの意思で動いたんちゃうねん。残念やけど…」

 こうやってリハビリの日々が続いた。

 

 そして筆者が落ち込んで

「あぁ、これから障害者として生きることになるのか、好きなギターも弾けなくなるのかぁ?」

「何方さん病室にばっかり籠もってんと個別リハ以外でもいいからリハ室来てや」

 それから何度か頻繁にリハビリルームに通うことに。

 

 ある時は…

「あ、何方さん、勝手にリハ室入ってきてそこらウロウロされたら困るんやけどぅ」

「でも、先生がいつでもエエからリハ室来てや言うたから、遠慮なく来させてもうてるのに…プンプン」

 筆者、子供みたいにすねる。

「確かに言いましたけど、来てもらうのはかまへんねんけど、やっぱりちゃんと手続きに基づいて前もって登録しとかなあかんねん」

 

 そしてまたある日。筆者個別リハをすっぽかして喫茶店でベソかきながら…

「なんやねん、いつでもエエから言うたから来たのに」

 ブツブツ文句たれながら、コーヒーを飲み終わって病室へ戻ったら、P.T、O.T両先生方がしかめっ面でウデ組みして、筆者を待っていた。

「もう今日はやる気無いで僕」

 先生たち、組んでいたウデをほどいて笑顔になって

「ちゃうやん!何方さん、桜見に行こっ」

「病院の門から病棟までの道端に、桜並木がキレイに咲いてるから」

 O.Tの先生、筆者の肩に手を回す。

「一緒に見にいこっ」

 

 

 P.Tの先生が車椅子を押して、咲いている所へ辿り着く。

「ほっらぁ!何方さん、満開やろう」

 風で舞い散る桜の花びらが、筆者の涙でぬれた顔にいっぱいハリ付く。

「フ、フ、フ、フフフ」

 お二人さんが笑う。

「何方さん、顔に桜がイッパイ」

「ハハハハハ…」

「何方さん、今年まだ桜見てないやろ?ハハハハ」

「もぅ、いっぱいやんか。顔に桜積もっていってるでぇ、ほらぁ、とったるわ」

 桜の花びらが、筆者のみっともない泣きベソを覆い隠す。

「何方さんごめんね……私らもちゃんと始めから説明せえへんかったんも悪かったわ。不安な思いさせてごめんなさいね…何方さん…頑張り屋さんやから、個別リハビリ以外で自主トレ熱心にやってたら機能回復が早いかもねぇ?がんばってね…せやから、すねんとまたリハビリルーム来てね!」

 その瞬間フラッシュバックする…。

 

 以前のリハでの場面で、ある初老の男性患者が傍に寄って来て……。

「なあ、にいちゃんも、やっぱり脳出血か? ワシもそうやねん。いっそのことあの世に逝ったれと思てんけどな、セッカク助かった命やから、もうチョット長生きしたろて思てんねん。へっへ、にいちゃん、ワシな、寝たきりで歩くどころか全く動かれへんかってん。せやけどなエラいもんやでぇ、あの先生らのおかげでここまで動けるようになって、杖ついて歩けるようになって感謝してんねん! あの先生らな、ワシにしてみたら孫みたいに若うて経験浅いかも知れんけどな、おっそろしく頭の切れる優秀な先生やでぇ。せやからあの先生らの言うこと素直に聞いて、しっかりリハビリしたら、アンタやったらまだ若いからすぐ退院できるわ…」

 

「うん、僕、せんせのリハビリしたら歩けるようになるんやろ?またギター弾くことできるんやろ?」

「弾けるようになったら、私らに何方さんのギター演奏聴かしてやぁ、約束やでぇ!」

「うん、喜んで!」

 しかし、両先生方、筆者の前途を案じてか、表情は、どことなく憂いと悲しみを隠しきれない、どっち着かずの煮えきらないひきつった笑顔。

 筆者がこれからリハビリ生活で逢着するであろう、期待と不安、希望と失望と落胆の過酷な日々の繰り返しは、予測するのにそれほど難しくはなかったのでした。

 先生方は筆者に対して、現代医療の限界と、もったいなくも、ご自分達の医療人としての力量不足を嘆いたのでしょう。

 筆者は、そんなことはこれっぽっちも思っていないのに…その瞬間…先生方と筆者との間に、現実と言う非情の地割れが起こり、微妙な距離が開き…筆者は、先生方に助けを求めたのでした。

「先生!僕、治るやんなぁ?」

 しかし、かなり時間が経って解った事実ですが、筆者の脳は損傷がヒドく萎縮し、『虚血性白質病変』が確認されたのでした。

 この叫びは、声にならない、どうしても声に出ないその刹那、両者の間隙をぬって虚しく、寂寥の風が吹き抜け途方に暮れたのでした。

「せ…せんせぇ……」

 

つづく