あいえる協会活動ブログ
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脳性麻痺、夢の浪漫記!~四国一周の旅~ 四日目~最終日
あいえる協会 2024年10月10日
この記事は私が書きました けんぴょん
四日目 |
朝起きてチェックアウトして、今度は高知市に向かった。
途中、たばこ休憩や景色や空気を満喫しながら車を走らせて、15時ごろには高知市に着いた。
ホテルの位置を確認した後、『いの町紙の博物館』を訪問する事を職場の同僚を約束していたので、見に行った。
ここは、ピア・エンジンが『紙の博物館長賞』を受賞した、手づくり紙芝居コンクールを主催している。
入場が有料だったため、中には入れなかったが、写真に収めてホテルに戻った。
いの町紙の博物館
今回のホテルは立体駐車場で、15時から入れるようになっていた。立体駐車場からは下車することができず、車いすも降ろすことができないので、駐車場の係員にお願いしたが、私の言語障害のためになかなか伝わらなかった。
チェックインしてホテルのスタッフに飲食店の場所を聞いたら、マップを渡してくれて、丁寧に説明にも応じてくれた。
流石に高知に来たら『鰹のたたき』を先輩からも勧められていたので、マップでその店を探した。
その店は、ホテルのスタッフの説明通りバリアフリーになっていたが、開店は17時からだったので、それまでは、はりまや橋付近を散策した。
はりまや橋と周辺
この辺は都会という雰囲気で、めぼしい写真を撮り、時間をつぶした。
そして、17時の開店と同時に入店して『土佐定食』を注文した。
本場の『鰹のたたき』を堪能出来て、本当に良かった。
土佐定食
満足してまた30分程散策して、ホテルに戻って、入浴して、ホテルから高知の街並みを眺めていると、あと一泊だという安堵感と寂しさが込み上げてきた。
四国は、TVのチャンネル数が極端に少ない。
普段、TVはほとんど見ないが、ホテルではニュースだけは見るようにした。
あとはiPadを持ってきていたので、ゲームやSNS等を確認していた。
高知のホテルからの夜景
五日目 |
翌朝、爆睡してチェックアウト。
ホテル担当者に車椅子を積んでもらい、徳島に出発。
ナビに次のホテルの住所を入力すると、山間部の高松自動車道が出てきたので、自分でコースを変更。
海岸通りで室戸岬を通りたかったので、55号線を選択した。
これは大正解で、海辺を見ながらドライブを数回、休憩を挟み写真を撮りながら楽しんだ。
昔、紀伊半島の海岸線をひたすら走った記憶が蘇ってきた。
55号線
2時間以上走った頃、案内標識に『徳島県』と表示されているのを見た。
ここからはナビを頼ったが、ナビもコース変更に戸惑っていた様子だった。
案内標識とナビを見ながら、車を走らせた。
特に一方通行等に注意を払った。
ナビは「到着しました。お疲れ様でした」と言うが、大きな建物があるものの、ホテルの看板が見当たらない。
とりあえず建物の中に入り、女性の職員らしき人に尋ねて間違えがない事を確認して、車椅子を降ろしてもらった。
車椅子に移乗して、トイレを借りてから、受付で最後のチェックインを無事に済ませた。
このホテルの部屋は、上の方の階で、眺めは最高だった。
一度ホテルを出て、スマホで飲食店を探したが、いい所が見つからず、結局、コンビニで夕食と朝食を買い、散策した。
車椅子を持って行って大正解だった。
ホテルも何故か、シングルを予約したのにダブルの部屋(車いすだと伝えたことで、ホテルが気を利かせたのか、これまでの部屋は、ほとんどがダブルだった)で、車椅子の移動については全く問題がなかった。
最後の日に備えて、早い目にお風呂に入り、寝床に着いた。
徳島のホテル
ホテル近辺
ホテルの部屋
最終日 |
翌朝、8時過ぎにチェックアウトして大阪に戻る。
徳島から大阪までは、さほど距離もなく、選択したコースは完璧だった。
一般道路を少し走り、高速道路に入る。
行きはさほど感じなかったが、淡路島も結構、広いと感じた。
淡路ICでお土産と休憩を兼ねた。
淡路サービスエリア
明石海峡大橋を渡りながら「本当に来て良かった、やって良かった」と感無量。
案内標識で大阪まであと何キロか確認しながら車を走らせ、最後まで慎重に安全運転を心がけた。
摩耶付近で、反対車線の明石方面側の渋滞を見て、時期をずらして正解だったと思った。
3時間ほど走って、大阪市内にあるガソリンスタンドで給油して、レンタカーを無事返却する。
家に戻ってからも、次第にやり終えた達成感や充実感等、余韻に包まれて、何とも言えない気持ちになった。
旅を終えて |
今回の計画は、先輩から「できるのか?」という言葉に発奮した事が大きいと思う。
今後の夢『車中泊で日本一周』の課題も、少しは理解できたと思う。
今回の旅では、いろいろと課題は見えてきたが、最大の失敗は、レンタカーの選択だった。
もう少し良い車を選択していたら、身体への負担も和らいだと思う。
軽四貨物は安定性もなく、本当に疲れる車だった。
そして、三度の食事や食事後の運転、宿泊施設の情報ももう少し慎重に調べるべきだった。
また、車椅子の積み下ろしをホテルの方には頼めたが、一般の人には頼めなかった。
やはり抵抗があり、声掛けのタイミングが難しいと思った。
周りをもっと巻き込んだ『障害者の旅』にすべきだったのではないか。
障害があるために不安要素が頭をよぎり、無理だと挑戦もせず諦めてしまうこともあるかと思う。
楽な方に向かうのも本性であり、しんどい事を避けてしまう。私も、日常では避けていた。
しかし自分の本当の夢は何なのか?
一生に一度しかない人生だからこそ、しんどいけど一歩でも実現していき、やり遂げた時の達成感や充実感は計り知れない程大きく、自信や可能性も広げられたと思うし、自分自身の大きな人生の財産、糧になったと言っても過言ではない。
今回は『挑戦する事、諦めない事』の大切さを改めて実感する、一生忘れられない『旅』になったと思う。
来年も、身体が続く限り『挑戦』したい。いざ九州一周だ!